「ふしぎなロードマップ」
雪原を歩いて、歩いて、ふとふり返ると、自分が歩いてきた跡が、まるで意図して描いたかのような模様になっていて、びっくりする……そういう経験、ありませんか。私にとって今回の受賞は、そんな雪の上の模様をみたような、ふしぎな出来事でした。
一年程前に国内候補に決まったときは、まさか本当に受賞するなんて思ってもいませんでした。なにしろ、ムーミンを書いたトーベ・ヤンソンや、長靴下のピッピを書いたリンドグレーン……そんな私を育ててくれた作家たちが受賞してきた賞なのですから、なんというか、謙遜ではなくて、期待することすらおこがましい、という気もちだったのです。
それでも、「発表はイタリアのボローニャで。時差があるので、夜の十時から十一時の予定です」と告げられると、さすがに緊張してきました。
さらに、偶然、現地には、国際児童図書見本市に参加するために、『獣の奏者』の担当編集者だったNさんが行くことになっていて、明るい声で「私が現地からお知らせしますね」と言われたとき、かすかに、あれ? もしかしたら、ほんとに受賞しちゃうかも、という小さな予感が頭をかすめたのです。
なにしろ、このNさん、私が「シンクロの魔術師」と呼んでいる人。なぜか、彼女が関わると、様々なことがシンクロしていくのです。その彼女が十年ぶりにボローニャに行っているときに、こんな発表がある。もしかしたら、と思ってしまったのでした。
お陰で、興奮してしまい、夕飯はお握り半分しか食べられず、ドキドキしながら待つこと一時間。でも、まったく音沙汰なし。ああ、やっぱり、だめだったのか、誰が受賞したのだろうなぁ……と、ぼんやり思っていたとき、Nさんから、「おめでとうございます!」というメールが入ったのでした。
あわてて携帯に電話をすると、会場で上がっている歓声にかき消されそうな、「いま、お名前が呼ばれました!」というNさんの声。「え? ほんとに、私? 私?」と思わず叫んでしまいました。その瞬間から、怒涛の取材の波が押し寄せてきたのでした。
今回の審査員の中には日本人はいません。しかも、拙著はみな分厚い長編の物語です。
それなのに、受賞理由を読むと、審査員の方々が、実に深く拙著を読みこんでおられることが感じられました。
考えてみると、拙著は英語だけでなく、様々な言葉に訳されていますので、十人の審査員のほとんどが母語で読めたのですね。
日本の児童文学が、日本語の壁を越えて、海外に出て行くのは本当に難しいです。私の場合は、『精霊の守り人』と『獣の奏者』がアニメになって、世界を巡っていったことが、翻訳につながる、とても大きな力になりました。
受賞理由の、「自然や生き物に対する優しさと、深い尊敬の念に満ちている」という気もちは、祖母や両親が育んでくれたものですし、「多様な異なるレベルの関係性として世界をとらえている」ということには、文化人類学を学んできたことが関わっているのでしょう。
祖母の語りを聞いて育ったこと、児童文学を愛していたこと、文化人類学を学んでいたこと、アニメになったこと、翻訳されていったこと……そのどれかひとつが欠けても、多分、受賞には至らなかった。
いま、このとき、歩いてきた道をふり返ってみえてくるのは、多くの人々の優しい笑顔です。祖母、両親、弟、親友たち、先生方、相棒、オーストラリアはじめ世界中で出会った人々、翻訳者のキャシーさん、アニメーターさん、編集さん、画家さん、書店員さん、そして、読者の方々……。
昨年出版された『物語ること、生きること』を読んでみていただければ、ああ、本当にそうなのだな、と感じていただけると思いますが、いま雪の上に浮かび上がってみえているのは、私ひとりの足跡ではなく、手を差し伸べて、支えてくださった人々の足跡が交叉して出来上がったロードマップです。その巧まざる行程が、私をここまで連れて来てくれました。
みなさん、本当に、本当に、ありがとうございました!