講談社BOOK倶楽部

違う自分になれ!ウルトラマラソンの方程式 岩本能史

『違う自分になれ! ウルトラマラソンの方程式』

ウルトラランナー「club MY☆STAR」主宰岩本能史

「非常識メソッド」で市民ランナーの指導に革命を起こした異端の指導者は、なぜ、過酷な超ウルトラレースに挑むのか

217km、50℃超 標高差3962mの極限レースが教える、ランナー最強の指南書

『違う自分になれ!
ウルトラマラソンの方程式』

著者:岩本能史
定価:本体1,400円(税別)

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年齢でもない、速さでもない、完走は、自分が「強く」なれるかどうかだけ! 国内はもとより、世界有数のレースであるスパルタスロンに9回、バッドウォーターへも4回挑戦。走っていてもっとも怖いのは、幻覚や痛みを発して、走らせないよう邪魔する脳。価値観がいきなり変わって〈もう、いいや〉と弱い気持ちになってしまうこと。ウルトラマラソンへの挑戦は、根底から違う自分になる道程でもあるのだ。

目次

  • 1. 大阪国際女子マラソン
  • 2. 初参戦・バッドウォーター戦記1
  • 3. 大苦戦・バッドウォーター戦記2
  • 4. バッドウォーターに再び挑む
  • 5. 有頂天の中学時代・高1で味わった絶望
  • 6. 仕事で見返すしかない!
  • 7. スパルタスロンを決めた部下の一言
  • 8. 2000年、スパルタスロン本番
  • 9. 1000日目の結実
  • 10. スパルタスロン6位に疑惑の声
  • 11. 38歳のプロ宣言
  • 12. 70日間で未経験者がフルマラソンを3時間30分で完走
  • 13. 「club MY☆STAR」発足
  • 14. 里奈、スパルタスロンを走る
  • 15. 47歳のバッドウォーター

著者:岩本能史

ウルトラランナー。ランニングチーム「club MY☆STAR」主宰。1966年神奈川県に生まれる。世界6大ウルトラマラソンのうち最も過酷といわれるバッドウォーター・ウルトラマラソン、スパルタスロンのほか、24時間走アジア選手権でも2位の記録を持つ。ランニングチームでは市民ランナーへの指導を行い、2013年、大阪国際女子マラソンでは8名ものランナーを出場に導くなど、指導者としての実績も認められている。
【岩本能史オフィシャルブログ】http://blog-nob.jugem.jp

ここでしか読めない岩本能史が答えるウルトラマラソンQ&A

レース中に幻覚を見るって、そんなことがあるんですか?
実はそんなに珍しいことではありません。
僕の場合、初めは女性が現れます。次に男性、そして人間から動物になり、最後は木や水たまりなどです。
おそらく、苦しいレースから逃げずにいようとすると、レースを少しでも楽にしたいという願望から、付近にあったらありがたいものを脳みそが勝手に作り出すのでしょう。
また、それとは逆に、本書にも書きましたが、大の苦手の犬が出てきたこともあります。そのパターンは逆に恐れているものが現れた例でしょう。
幻覚は、心身ともに限界を超えたときにだけ訪れる特殊な現象ではないようです。僕も、キロ5分台で走れていて、まだ余裕があったときにも幻覚を見ています。脳や体のバランスによって起こることかもしれません。
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これまででいちばん印象的だった幻覚は?
スパルタスロンの150km地点くらいでしょうか。
寒く、暗く、眠く、いろいろな苦しさがピークだったときです。
確かたった一人で走っていたはずなのに、道ばたにフランス人の男性ランナーが塀にもたれかかって座っていました。
「先は長いけど頑張ろう」という気持ちをこめて「グッドラック」と言って走り去ったのですが、返事がありません。
それで心配になり後ろを振り返ると、壁にもたれかかっていたのは壊れた自転車でした。そんなものを性別、国籍まで自分の中で作り上げて幻覚という現象を作り出したんですね。
よほど寂しい想いで人恋しく走っていたのでしょう。前後のランナーとは1km以上離れていて変化や新たな展開を求めていたのかもしれません。われに返っておかしくなりました。が、そのときはその幻覚だけじゃなく、10分ほど後には数百メートル先の路上に煌煌と明かりを灯したエイドステーションの幻覚を見ました。
幻覚とわかったのは、近づいたら消えてしまったからです。
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「死ぬ」と思ったことは?
ないですね。レースを経験すればするほど、そういう思いはなくなります。
それどころかレースをするたびに「人間ちょっとやそっとじゃ死なない」という思いを強くするばかりです。
これらのレースをするようになって岩本の口から出なくなった言葉が、「死にそう」です。前はよく言ってました。痛かったり、お腹すいたり、眠かったりするたびに「死にそう」と。
死んだこともないのに、死の近くに行ったこともないのに、イスの脚に指をぶつけたり、徹夜したり、2食抜いたりしただけで「死にそう」なはずはないな、と(笑)。
あれだけのレース下でさえ、全然「死」からは遠いのだと思うのです。だからよく言われる「死ぬ気になればなんでも」などと聞きますが、確かに本当に死の手前まで追い求めれば人間大抵のことはできそうな気はします。
ついでに、よくマラソンを人生に例えられることがありますが、岩本はそうは思っていません。
マラソンは取り返しがきくし、外しても死なない。会社をクビにもならないし、一文無しにもならない。
何度でも何度でもやり直しがきく。まったくもう全然人生より楽勝、です。
続けている限り失敗でも敗北でもない。ingで執行を猶予されている限り、いつか!です。
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ギリシャのスパルタスロンと死の谷デスバレーで行われるバッドウォーター・ウルトラマラソンとどちらがキツいですか?
環境や距離と闘うという意味では同じです。環境は慣れと対策で乗り越えられなくはありません。距離もまた、進み続けている以上、いつかはゴールが待っています。反面、超ウルトラレースで最もどうにもできないものは「時間」です。
制限時間だけは上位の数人を除き、すべてのランナーに平等に突きつけられた「苦」です。
そう考えると完走だけならスパルタスロンのほうが断然キツいです。
気温や環境の烈しさは断然バッドウォーターですが、217kmのバッドウォーターの48時間に対し、スパルタスロンは246kmを36時間以内で完走しなければならないですから。
ではなぜ、岩本がバッドウォーターを最も過酷と表現するのかという点についてです。
バッドウォーターの場合、スタート時間が3ウェーブに分かれています。
午前6時、8時、10時です。デスバレーでは一日で最も気温が低くなるのが午前6時です。当然6時スタートより、10時スタートのほうが暑さという意味で過酷です。
しかし、毎年、優勝者はもちろんですが上位完走者はほぼ例外なく午前10時スタートの第3ウェーブ出走者で占められます。
これは、苦しむことができるレベルの選手を第3ウェーブに集めているからです。
つまり、「競技者」として「レース」をしようと思えば第3ウェーブで30時間以内を狙ったレースを展開するしかありません。
一方、午前6時スタートの第1ウェーブでそれぞれの「テーマ」を持って時間内に「完走」を目指すなら、スパルタスロンの246km36時間以内のほうがキツいはずです。
つまりレースをどう闘うか、で変わってくるのです。
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バッドウォーターでは、「ツワモノ以外」のランナーもいるということですが、どういう人たちですか?
ウルトラマラソンというスポーツは他のスポーツと違い、参加者同士の闘いは上位数人でしか展開されません。
それ以外のほとんどの参加者が、過去の自分や、過酷な環境、距離など、他のランナー以外のものと闘うスポーツです。
バッドウォーターでは「走ること」を通して世界に何かを訴えたかったり、影響力を持って何かを変えようとする人たちも第1、第2ウェーブスタートで参加したりしています(もちろん厳しい選考があり100人程度しか出走を許されない以上、100kmをやっと完走という程度の走力では無理ですが)。
たとえば、地雷によって手足が義足のランナー、クリス・ムーン選手も地雷撲滅の声を世界中に届けようとバッドウォーターを第2ウェーブでスタートし、ゴールしています。バッドウォーターでは「速く走る」闘いだけではなく、「強く生きる」闘いも同時に展開されています。参加者の数だけ闘いがあるのです。
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ウルトラマラソンでサポートクルーが必要な場合、どのように頼むのでしょう?
「来てくれる?」「はい」です(笑)。
冗談のようですが近いモノはあります。岩本の場合は「この人!」と思う人にお願いしたり、あとは帯同希望者が名乗り出てくれています。
過酷な環境下ですから、クルーも「覚悟」が必要になります。これは何ヵ月もかけて作り上げるという意味では、ランナー本人の「覚悟」と「脚」を作る行程と似ているかもしれません。
ただ、ランナーと違い、熱さ対策や強靭な体力、ド根性などが必要かといえばそういうことではありません。必要な要素は「ランナーより高い目標があり」「ランナーより早く諦めず」「ランナー以上の闘争心と執着心がある」ことでしょうか。大げさかもしれませんがクルーもランナーの体の一部だと思っています。
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サポートクルーの旅費や謝礼は、どのようになっていますか?
岩本の場合、旅費はすべてクルーの自腹ですし、謝礼はありません。
レースが始まればランナーはすべてのクルーと一緒に闘っています。つまりクルーたちも「私たちも競技者」として走っているのです。
それゆえ「申し訳ない」という気持ちはありませんが、「ありがとう」の気持ちは常にあります。
よくわかりませんが、だから自腹であり、謝礼という発想自体がありません。
これは世界中どこの国の選手とクルーを見回しても同じですが、実は岩本とチームメイトの西村さん以外の日本人ウルトラランナーの場合、必ずしもそうではなく「雇う人」「雇われる人」という関係が完全に成り立っており、クルーやサポーターの旅費や謝礼はランナーが持つものという特殊な文化があるのも事実です。このほうがお互い頼みやすいし仕事として割り切れる、という日本人特有の考え方があるように思います。
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砂漠シリーズなどのレースへの参加予定はありますか?
今のところはまだ考えていないです。
「競技」として上位を狙い、制限時間に追われるレースに、もの凄く挑戦意欲をかき立てられるからです。
もちろん、世界には、1週間くらいかけて、250kmクラスの砂漠や未開地、極地などを走る「ステージレース」というカテゴリーのレースが多数ありますが、距離を5─7分割し、日々同時スタートで進むいわゆる「完走」と「安全」が約束されたものよりは、思い出すだけで恐怖が蘇るようなものを追っていきたいと思います。
もちろん、いずれ250kmクラスのステージレースに参加するようになるとは思いますが、「まだまだそれは先」という自分でありたいです。
ただ、憧れるのは大陸横断レースです。たとえばロス─ニューヨーク間5000kmを2ヵ月間で走破するなどの壮大なもの。
今の岩本ではまだ絶対に完走はできないはずです。いつかそんなレースに参加して完走できるような強いランナーになりたいと思っています。
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フルマラソンでも「違う自分に」になれますか。
もちろん。
今の自分は過去の自分が作ってきた自分です。
今日と明日とあさってと、その次の日、そのまた次の日を今までよりちょっと頑張る自分として過ごせば、いつか「違う自分」です。
岩本なんて、もう全然ダメダメな自分ですけど、少しずつ自分をチューンナップして「違う自分」を目指してます。 だからフルでもハーフでも、等身大の取り組みができれば気づいたら「違う自分」です。
自分に呆れてもいいし、落胆してもいい。でも自分だけは自分を見捨てずに応援し続けていれば、きっとその自分は違う自分になって報いてくれる気がします。きっとそうです。
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