入江冬子、34歳はフリー校閲者。人づきあいが苦手で孤独を当たり前のように生きてきた彼女の唯一といっていい趣味は、誕生日に真夜中のまちを散歩すること。友人といえるのは、仕事でつきあいのある大手出版社社員で校閲局勤務の石川聖。ふたりの共通点は、おない年で出身県が一緒であること。ただ、それだけ。冬子は、ある日カルチャーセンターで初老の男性と知り合う。高校の物理教師という、その男性の「今度は、光の話をしましょう」という言葉に惹かれ、冬子は彼がときを過ごす喫茶店へ向かうようになる。少しずつ、少しずつ、ふたりの距離は縮まってゆくかにみえた。彼に触れたいという思いが高まる冬子には、高校時代に刻みつけられたある身体の記憶があった――。
1976年8月29日、大阪府生まれ。
2007年、デビュー小説『わたくし率 イン歯ー、または世界』が第137回芥川龍之介賞候補に。同年第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。08年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。09年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。10年『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。
前作『ヘヴン』で「善悪とは何か」という哲学的テーマに挑んだ川上氏が、これまでの「恋愛小説」の枠組を大きく飛び越え、34歳と58歳の男女の不器用な交流を通じて、「恋愛とは何か」、「孤独とは何か」という人間な根源的なテーマを問う問題作です。孤独なふたりの魂が触れあったとき、世にも純粋で儚い物語がはじまり、哀しく美しい結末が待っています。