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『獣の奏者』探求編・完結編発売記念!上橋菜穂子×武本糸会スペシャルトーク!【番外編】

コミック版『獣の奏者』が連載されている「少年シリウス」10月号に掲載された上橋×武本対談の番外編を特別にお届けします。
お二人の、楽しい創作こぼれ話をどうぞ!

神話としての物語

──今回の新刊「探求編」「完結編」ですが、とても大河的で動乱の物語なのに、同時に神話っぽい、まるで昔から語り継がれてきた物語を読んだような気がするんです。この物語の世界に確かに入り込んでいるのに、微妙に客観的な、第三者的な視点を感じる。それは意図していることなんでしょうか?

上橋:そうですねぇ。中に入るとジェットコースター的に最後まで行くのに、最後まで行くと、すっと俯瞰できて、一つの大きな物語の姿が見えてくる。なんでそうなってるのかわからないんだけど、そういう書き方が好きなんですよ。

──一文、一文が短い文章で書いていかれているので、その形式に関係があるのかなと思ったんですが……。

上橋:そうなのかなぁ。でもトールキンの『指輪物語』を読んだ時にも、似たことは感じたなぁ。枯れ葉を一緒に踏みながら歩いているような臨場感があるのに、読み終えた後に巨大な神話を読んだような気がしたんですよね。……でもそれは、「個人」を描いた小説ではないからかもしれない。私の物語もそうなんだけど、人と世界が均等にあるんですよ。主人公のみを書きたくて書いているわけではない。イアルの人生もロランの人生も、いろんな人生が交差して出来上がっていく物語だから、そういう距離感がでるんじゃないかな?

──なるほど。だから「このエリアの神話」という風に感じるんですね。それから、細かい修飾句もあまり使わないですよね?

上橋:ごてごて書くの嫌いなの。気が短いし。エスカレーターも走って上る人だから(笑)。もっと書き込んで欲しいって読者もいるみたいだけど、私は、書かないことでもっと豊かに、その向こうにあった何かが見えて来るような気がする。書かないで感じるものが好きかな。

武本:絵でいう画面の余白のようですね。子どもの時に教わったのですが、絵を描く時に画面の外にはみ出る構図をイメージして描きなさいと言われたんです。画面の中に納めると、収まっている感じがするから。物語も一緒で、書かれてないからこそ想像出来ていいのかなと。

上橋:完全に100%見えてる感じがしないというのはすごく大事だと思う。

武本:リアルな人間関係の体感に近いですよね。

上橋:私もそう思う。説明をしてしまうと、全部分かった感じになってしまうけれど、それは逆に恐ろしいことじゃないかなぁ。

活きのいい絵


コミックス1巻「序章1闘蛇の弔い笛」9ページより。母を誘って闘蛇を見に行こうとするエリン。

上橋:武本さんの絵は活きがいいですよね。動いた時にすごく魅力的。変な言い方だけど、止まっているんだけど、動いている。だから、子どもを描かせるとすごくいいんですよね。

武本:そう言っていただけると嬉しいです。

上橋:子どもの持っている、あのじっとしてられないところが見事に描かれているんですよねぇ。

武本:最近人と話していて気付いたのが、みんなわりと子どもの時の記憶がないんですよ。でも私、幼稚園の年中くらいから覚えてて。

上橋:私も、母におぶわれていた記憶があります。お布団入れる押し入れがあるでしょ? あれの中段ありますよね? あそこに座らされて、母におぶわれる瞬間を覚えてる。

武本:そういうのを覚えているから子どもが描けるのかな、と。どういう風にその時感じたかを覚えているので。

上橋:そういうのは、作家とかマンガ家はすごくあるんじゃない? エピソード記憶がすごく鮮明なんだと思う。記憶「力」じゃないんだよね。ある場面を一連の物語のようにして、全部覚えてる。 

武本:覚えてます。この時こんなこと言われてこう傷ついたとか。前後のこととかそんなにしっかり覚えてないんですけど、それを辿って行くと思い出していって。

──ひとつ思い出すと、するするするすると?

上橋・武本:そうそう。

楽しいデッサン

──王獣のデザインの原型は上橋先生なんですよね。それを武本さん流にアレンジしている。他のラフなんかもおありになるんですか?

上橋:そうですね。描くの好きなので。でも近頃描かなくなっちゃったかな。

──たくさんあるんですか?

上橋:そんなにはないですよ。あと、ナショナルジオグラフィとかで世界中の人の顔の写真がありますよね。ああいう顔、デッサンするの好きですね。とくに老人とか。

武本:あんまりリアルな人の顔を描くのは好きじゃないんですけど、おじいさんとかは大好きで。

上橋:そう! おじいさん描くの好きなの。たまんないよねえ。描きたくなっちゃう。

武本:顔に全てが表れてますよねえ!

上橋:ウイグル族のおじいさんの顔とか描きたくなっちゃってね。

武本:分かります。アジア系の人とかすごいカッコいいんですよ。

上橋:そうそう。

武本:若い人はやはり西洋の人って美しいなと思うのですが、年配の人だったらアジアの人も負けてないって思います。

料理はその時食べたいもの!?


コミックス1巻「第1章1流れ着いた子」147ページより。ジョウンが出してくれたファコを食べるエリン。

──本の中で、料理がとてもおいしそうですよね。

上橋:ありがとうございます。料理の本も出ているんですよ(※1)。

──そうなんですよね! これまでの作品の中に出て来たお料理を実際に作れる本。すごく面白かったです。作中での食べ物は、こんなの出てきそうだなという感じで作られるんですか?

上橋:いや、単純にその時食べたいものです(笑)。

──では、あの時は猪肉が食べたかったと(笑)。

上橋:食べたかった(笑)。猪肉は味が豚肉に近いんですよ。だから、味が思い浮かぶじゃない? だから、あの時すごく食べたかったね。

──それから、ファコとかもおいしそうですね!

上橋:ファコは、実はあれを書いている時めちゃくちゃ食べたくなってね。イングリッシュマフィンをカリカリに焼いてバターをしみ込ませて、それを牛乳とお砂糖と蜂蜜をつけて食べました。

──フレンチトーストみたいな?

上橋:そうそう。フレンチトーストの卵なし版。もっとさっぱりして、こっくりしてておいしかったよ。

──実は武本さんもそんなことをしていたとか?

武本:私もパンを買ってきて牛乳温めて蜂蜜入れて、スタッフみんなで食べました(笑)。

※1『バルサの食卓』著者:上橋菜穂子・チーム北海道/新潮文庫
守り人シリーズや獣の奏者に出て来る料理をレシピつきで解説したもの。

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