講談社BOOK倶楽部

ひそやかな花園 角田光代
ひそやかな花園
ひそやかな花園 幼いころ、毎年家族ぐるみでサマーキャンプを過ごしていた七人。全員一人っ子の七人にとって天国のような楽しい時間だったキャンプは、ある年から突然なくなる。大人になり、再開した彼らが知った出生にまつわる衝撃の真実。私の父はいったい誰なのかーー?この世にあるすべての命にささげる感動長編。

ひそやかな花園
角田光代
定価:本体730円(税別)


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『八日目の蝉』『空中庭園』『対岸の彼女』―――
数え切れないほど、私たちは角田光代の言葉に驚き、涙し、笑い、励まされてきた。 日本を代表する物語を紡ぐ作家が、どうしても書きたいと思った物語、それが『ひそやかな花園』だ。いよいよ文庫化された本作の魅力を、角田さん本人の言葉とともにお伝えする。


   

 「子どもを産もう」と決めることが、人間が一番持ちうる善意というか、ピュアな……プラスの気持ちだと思ったんです。だって、だれも「この子が生まれたら好きなだけいじめてやる」とか思わないでしょう。絶対にいいことをしようと思って産みたいとなるわけですよね。出産を意識する前に妊娠したとしても、「産む」と決めるということは、「何かをしてあげよう」と思って産むわけで。だから産もうとする行為は、人の"いいところの塊"なんですよね。一番書きたかったのは、そのプラスの気持ちの塊だったんです。

でもそのあと違くなっていくこともあるわけです。そういうことも考えたかった、ということはあります。『八日目の蝉』にせよ「週刊朝日」で連載していた「坂の途中の家」にせよ、子供を産む、というプラスの気持ちで行ったはずのことが、なぜかマイナスな方向に転化していくことを多く書いています。

でも、『ひそやかな花園』はまっさらな気持ちの方に重点を置きました。「その後どうなったか」ではなく、産もうと決めたことで「この人たちは善なるものしか望んでいなかった」ということを書きたかったんだと思います。
この小説でいえば、とにかく違う人、中卒、大卒、芸術センスのある人、体操が得意な人、というふうに環境の異なる登場人物を設定しました。
それは「どう生まれたか」ということよりも、環境がいかにその子の性格なり、バックボーンに作用するかを考えたかったからです。私はどちらかといえば遺伝よりもより重要なのは環境やどんな風に育てられたかということだと思うので。

「IN☆POCKET」2月号より引用

 

プロフィール
角田光代 1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。’90年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。’96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、'97年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で’99年に産経児童出版文化賞フジテレビ賞、同作品で2000年に路傍の石文学賞、’03『空中庭園』で婦人公論文芸賞、’05年『対岸の彼女』で直木賞、’06年『ロック母』で川端康成文学賞、’07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、’11年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、’12「紙の月」で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞を受賞。そのほかの著書に『くまちゃん』『私のなかの彼女』など多数。





登場人物 毎年夏のキャンプをともに過ごしていた、それぞれ一人っ子の七人。共通して出生の秘密を持ちながら、彼らはまったく異なる環境に育ち、そして別々の人生を歩んでいる。
彼らが「別々の人生を歩んでいる」ということ。読み終えた後、その事実が深く胸に突き刺さる―――。








『ひそやかな花園』に見る光

 現代における家族の意味を真正面から捉えた、きわめて意欲的かつ衝撃的な長編作である。同時に問いかけられるのは、血縁とは、親子とは、夫婦とは――生きてゆくうえで、誰もが避けては通れない普遍的な主題がいくつもの層を重ね、驚くべき複雑な厚みをなして圧倒される。『空中庭園』『ロック母』『八日目の蝉』など家族を主題にした作品を数多く手がけ、ひとの営みと正面切って向き合ってきた角田光代の凄みが、まぎれもなく本作には結実している。覚悟をもって言葉を信じ、言葉を手だてにして、先へ、さらに先へ。扉を果敢に開いて物語を紡(つむ)いでゆく筆致の、なんと誠実でひたむきなことか。物語の向こうに浮かび上がってくる、無駄を削ぎ落とし、ひたすらに核心へ突き進んでゆく作家自身の姿に胸を打たれずにはいられない。(中略)
家族とはなにか。この問いの重さ、困難さを、七人の現在がおのずと物語る。halという名前でデビューし、大手レコード会社から独立して新事務所を設立、音楽活動をする波留。二十七歳で結婚、不妊の悩みを抱えるイラストレーター、樹里。母と折り合えず、二十歳からひとりで暮らしながらも自信がなく、後ろ向きの思考から抜け出せない紗有美。夫への怯えを拭いきれないまま幼い娘を育てる主婦、紀子。最後のサマーキャンプの翌年に父母が離婚、女性との関係に心許なさを覚え続ける広告代理店勤務の賢人。十代で母と父が自分のもとを去って以来、友だちや家出少女が家に入り浸る生活を送る雄一郎。夏の別荘を提供した一家の息子、弾。それぞれが寄る辺ない気持ちを懐に抱えて生きる姿は、まるで社会の縮図のようでもある。
締めくくりに置かれた紗有美のモノローグには、生の全肯定があふれ、天空から聖なる光が降り注ぐかのようだ。ひとは、扉を開いて一歩を踏みだしさえすれば、いつでも、何度でも、あらたな世界を獲得できる。こころのなかに在る「ひそやかな花園」は、無垢(むく)なまま、ひたすらまぶしさに充ちて輝かしく、誇らしいのだから。紗有美に降り注ぐ金色の光は、わたしたちをもまた照らしている。

(文庫版解説より引用)




既刊


まどろむ夜のUFO
夜かかる虹
エコノミカル・パレス
彼女のこんだて帖
人生ベストテン

庭の桜、隣の犬

ロック母

あしたはアルプスを歩こう

ちいさな幸福

恋するように旅をして

彼の女たち

私らしくあの場所へ