『駅物語』は、私の中で「のりものシリーズ第2弾」ともいえる小説です。その第1弾『海に降る』は一般の人が乗ることのできない深海潜水調査船をめぐる物語でした。今回は反対に、誰もが乗ることのできる、むしろ乗らざるを得ない“通勤電車”が主役です。舞台は多くの新幹線や在来線が発着する“東京駅”……。「電車と駅がテーマか、なんか地味だな」そう思われるかもしれません。私も書きはじめる前はそう思っていました。ドキドキするポイントがわからずに途中で投げ出したくなったこともあります。しかしそんな時、ふらりと乗った〈東京行き〉の中央線快速、その先頭車輌から見えた景色が、私の世界観をがらりと変えてしまいました。その時見えた景色がどんなだったのか、ぜひ『駅物語』で体験してみてください。深海にまで行かなくてもドキドキする乗り物はすぐ近くを走っている……そんな風に感じていただけたらとても嬉しいです。
朱野帰子(あけの・かえるこ)
1979年生まれ。2009年『マタタビ潔子の猫魂』(メディアファクトリー)で第4回ダ・ヴィンチ文学賞を受賞しデビュー。既刊に、有人潜水調査艇と深海を描いた『海に降る』(幻冬舍)、高齢化社会におけるブラック企業を描いた『真実への盗聴』(講談社)などがある。徹底的な取材と軽快な筆さばきで、読者に知らない世界を見せてくれる、いまもっとも注目される作家の一人。